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2泊3日なのに“オオゴト~!”

10月25日(金)
今日は朝から母の家に持って行くnonnaの生活用品や服類を大きな手提げに入れて
大事な薬や携帯の充電差し込み・化粧洗面道具・寒くなってきたので
うす手のフリース(夜中母の付き添いで起きなければならないので)等
そして料理するのに4月以降暑い夏を越した調味料等捨てているので
ボン○○○へ買い出しに。我が家のを小分けしても持っていくが。
生鮮食料等 朝・昼・夜のメニューを作ってそれに合わせて買い出し。
おやつも・デザートの果物も(これはnonnaの必需食)
お刺身が食べたいと…これは明日デパートまで走って
何だか2泊3日なのに病人を抱えてなので大荷物。
既に車の中にはかさばる冬用の羽毛布団が・・・
今もって行ってる合羽毛布団では寒がるだろうと
もうすでにホッカイロを使っている。
ほんとに大変!
明朝8時には家を出るので 今夜からクーラーボックスは満杯で
もう1個朝に牛乳・ハム・チーズ・ヤクルト・たまご・食パン・バター等
朝食用のハチミツも忘れずに。母の希望の朝食
紅茶・コーヒーのパックももう入れている
さあ 母が家での生活独りでこなせるかな?nonnaは手出ししないように。
昨夕民生委員の方が用事で[emoji:v-6 ]訳を話して在宅の時どうぞと
彼女曰く 多くの方に接してきたがお宅のお母様はとてもとても幸せな方!
人はそう思って下さっても本人は微塵にもそう思っていないので家族は大変。

怒りは頂点近くに

10月24日(木)
27号台風はゆっくりと人が歩く歩調で九州南岸沖へ進んでいる。
まるで私の行動のようだ。
昨日は母の一時帰宅の為 大変な思いをして準備した。
雨の中 布団類を濡らさないように大きなビニールをかぶせて少しずつ
何度も車と玄関を往復し母が寝れるようにしたが
nonnaの分はまだこちらの家に残っている。
母が着る着布団類のワンセット 施設に持って行ってるのを・・・と思ってたが
施設は施設で戻った時に使用するのでそのまま置いてなければならず
又新たにnonnaの家から持っていかねばならずnonnaの家の物が
そのまま永遠に母の家のものになりそうだ 何でも剥ぎ取られる。
我が家も余分なものはないのよ!
洗濯機も目星をつけてきた三洋電機がつぶれて中国に会社を売ってしまい
三洋製なのだが中国の製品として売られているものを。
製品も価格も気に入りだった。
母にお歳暮・お中元・母の日・敬老の日・誕生日も今後しないということで
(しないと烈火のごとく怒るので)nonnaが払うことにした。
しかし母曰く“それじゃあ乾燥機も一緒に”
nonnaの顔がひきつった。
弟も玄関と門のリモコン錠の設置に何十万の大枚をはたいている。
さすがに声を荒げてた(二人の家にも乾燥機はない!)
そしてやっぱりボケが始まってる・・・とボソッと。
確かにnonnaもそれは感じている。
今日は天○へ出かけた。しつこく冬の厚いパジャマを・・・というので
iデパートでワコールのバーゲンがあっているのでこの時にと・・・
そこにtel「明後日は車に乗って帰るのでしょう?」
「施設の3件先の家に車なんて!車椅子よ」「そしたらひざ掛けがいる」
「施設においてるでしょう」「あれは大きすぎる貴女のところのを持ってきて」
「我が家のは3枚全部上げて揺り椅子で使ってたでしょう 
クリーニングに出して戻してるので我が家には無い!少し大きくてもそれで我慢なさい」
nonnaの血圧が上がりっぱなし。
車で帰りたがったのは車いすだといたるところの凹凸が背中に
ひびいて痛いのだろう。

アイデア

10月22日[火)
明日から又忙しくなるので3か月ぶりで美容院へ出かけた。
もう簡単にまとめられるよう短くカット 染めるのはいつも通り。
床にはカットした髪がたくさん・・・久しぶりを物語っている。
明日は雨のようだが母の分とnonnaの分の寝具や雑貨や衣類を
2台の車に積んで 日用品や食料品の買い出し 残りの半分の片付け
故障して古くて使えない洗濯機の替えの買い出し。
nonnaが縁を切られていた3年間 母は不自由この上ない生活をしていたようだ。
弟も手を差し伸べていたが仕事の合間の短い時間 限られたことしかできなかったようだ。
多分寒がるだろうからエアコン(nonnaは大嫌いなのだが)も掃除せねば・・
大変な一日になる。
全く動けなく痛みのある母はどんな気持ちで外泊をするのだろう。
思い道理にならなくても今度はnonnaに縁を切るとは言わないだろうか・・・
娘は母の持ち物ではないのよ。

昨日 韓国旅行をしてきたスポーツクラブの仲間がお土産に
一寸使うのが躊躇われる様な絵の靴下を皆にくれた。
皆がどうしてこんな絵のをくれるのか?と途方にくれていた。
nonnaも一寸お気持ちだけで・・・と言いたくなったが
何か使い方がないかしら?と・・・
靴下は使用前で踵があまり分からなく、のびのび生地で
靴下と思わなければいい・・・と
触ってるうちに面白い顔がポイントになることが分かった。
ペットボトルカバー・・・これだ!
早速今夜のスポーツクラブに着せて持っていった。
皆 面白い!!とアイデアを喜んでくれた。
古希の祝い2013・6・9 002

母の帰宅に

10月20日(日)
今日日曜日はゆっくりと過ごそうと思っていたが
どうしてどうして結構忙しい。
母の退所の話し合いで一気に自宅生活は
生活が出来なかった時 退所してしまえばもう戻れない
受け入れる側の家族が自分の生活が破滅してしまう。
ずるい考えだが 1~2回外泊の形でテストをしてOKであれば
退所の形を取って自宅に戻り 1週間自宅生活・1週間ショートステイ
の形を暫くとって nonnaの負担を減らしたいと申し出た。
全く動けない母の介護は恐ろしい!
今はレンタルベッドや歩行器・車椅子が退所しないと使えないので
先ずベッドのマット代わりに(ベッドは来てるがマットが無い 退所日にもって来てくれる)
我が家の昔の布団を3枚干してマット代わりに敷こうと今干している。。
歩行器などあってもほとんど歩かないので使わない
車椅子は欲しいが我慢しよう。
nonnaの寝床は?
居間が広いので1部屋で総て生活できるようにしてるので
nonnaは仕方ないフローリングに布団1枚を敷いて寝よう。
ベッドルームが離れているので・・・
家からnonnaの寝具一式 車に乗せてもって行かねば何もない。
今まで泊まらなかった理由はここにある。
父がいる頃は大きな家で人の出入りがすごく 昔からのものが沢山あって布団の心配も要らなかった。
ガラクタはため息が出るほどそのままだが 必要なものはほとんど処分して
新しいものは買取屋にほとんど売ってしまっている。
サッパリではあるが自分の先々を考えない自信には腹が立つ。
それで弟達家族がホテルに泊まっていたんだ・・・
しかし今施設からtelで 高い熱が引かず抗生剤の点滴をしてるので
様子によっては明日病院に戻ってもらうとの事
そうなれば帰宅など吹っ飛んでしまう。
これから寒い家に戻れば肺炎など一発である。
こんなに皆が努力してるのに
昨日熱がある母曰く 明日天神へ行ってパンツスーツを探して買ってきて頂戴
帰宅するのにちゃんとしたいので・・・
弟がギョッとしてた。nonnaはもう慣れっこ知らん顔していた。
明日どうなることやら。また出掛けねば・・・
干した布団や雑道具を車に積んで・・・

母 発熱

10月18日(金)
今日は午前中パソコンのお勉強。
習っても復習しないのですぐに忘れる。2,3回習ってやっと。
昼から美容室に予約を入れるがいっぱいで水曜日しか取れない。
nonnaのお好みの高○のパン屋さんに予約のパンを(ここも3日振られた)
前々日予約してやっと取りに行けた。
帰りに入院中の友人を見舞い パン大好きの彼女へ1斤プレゼント。
朝パンを食べるようだから食の細い彼女 パンならOK。
帰ってくると母から39℃から熱が出て先生に診てもらったと。
寒くて寒くて肩掛けやキルティングのパジャマ・ガウン・羽毛布団を持ってきてと
今からは無理 明日と約束。
もう骨だけみたいに痩せて 食事がまずいと食べないので・・・
持って行っても食べない きっと味覚機能が落ちているのだろう。
夜になると施設長から発熱の件と明日帰宅に向けての詰めのはなしあいをと
帰宅後のケアプランの話だ。母が勝手に断ってしまってたので。
弟と12時に約束 迎えに来てくれる。
施設と違って一軒家なので 寒いので体を悪くしないかと気になるが
強い希望なので。
しかし母は100歳までは生きたいと・・・
もう耳も随分聞こえない 大きな声で言うのもつかれる。
補聴器をしたんだが とても神経質なので使わない。
nonnaの負担はだんだん膨らんでくる。
明日の決めてたnonnaのスケジュールをOFFにしなければ・・・

nonna血圧が上がる

10月17日(木)
午前中 人の出入りが数件
車のガソリン入れにスタンドへ クリニックへも。
お昼 母から急に寒くなったのでパジャマと毛布をもってきて・・・と
毛布はnonnaの家のが綺麗だから(客用)あれを頂戴。
母の家にもたくさんあったはず?
身辺整理でほとんど人にあげて今までかけていた少し古くなったのしか無い
こんなに長生き・こんな病気になるとは思わないのであげてしまった・・・
そういえば病院のほとんどのものがnonnaの家のもの
バスタオルなど友人がスポーツクラブで使って欲しいと高価なものをくれたのに一寸の心算で貸したら
お気に入りになって戻してくれない。ヤレヤレ
又同じになるなと 客用でなくnonnaがお昼寝に使うDCブランドのバーゲンで買った
綺麗な色合いのふかふか毛布を昼から干して2時から2つの高速を使って届けた。
高いものに付く。パジャマはnonnaのお古を大きすぎるが間に合わせに。
アレが要るこれが要ると・・・
昨日 門と玄関の間のリモコンが見つかって工事をしてくれた。
夜8時半までかかった。まだ試しはしてないが・・・
もうすぐ帰宅できるので我慢しなさいと大きな声が出てしまった。
8月頃までは100も無い血圧がこの頃は120くらい何時もある。
母ストレスだろうか?
母が家に帰ったら○○さん暫くはお泊りしないと生活が成り立たないわよ。
と親戚の人達は言う。クワバラ・クワバラ
というわけで夜の高速を帰ってきた。
さてこれからお食事・・・

信州の旅

10月16日(水)
台風26号はまだ日本の国土で暴れている。
随分と広範囲で暴風雨の被害が報道され伊豆大島の地すべりは
山津波と昔から言われているが 東日本の地震による
海の津波の後を見ているようだ。
日本はどうなっているのか?
東日本震災の地のは何度もの災害お気の毒でしょうがない。
この2~3年非常に大きな災害が多く起こっているように思える。
自然相手だから人為的なものではないが・・・困る!

10月5日
昨日の赤いきのこは娘曰く「緋色傘茸」毒である
池の名前は戸隠の鏡池だそうで蕎麦は戸隠そば。
お蕎麦やが込んでいたので 先に池の散策をして遅くなったが蕎麦どころへ
有名なお店のようで東京からの客も多かった。
てんぷら定食の蕎麦を注文したが 昔はそばアレルギーだったnonnaは
(なぜかよくなった)お蕎麦は極力食べないがそれでも美味であった。
古希の祝い2013・6・9 131
5日の出発から方向が違っていてnonnaは帰り道だと思っていたら
須坂ではなくて信州中野に出て白馬のほうに向かって行き
戸隠へ出てそれから小川村→大町(ここで娘達がよくキャンプする
木崎湖を見て)→安曇野で日が暮れ始めた。
帰るのかと思ったらここからクネクネと山道に入っていわゆる林道
青木峠?地蔵峠?どちらかを通って車1台も会わない真っ暗闇の道中。
温泉の小父さんに後で話したら現地の人も夜は中々通らない道だと驚いてありました。
上田市に或る青木村の田沢温泉・有乳湯(うちゆ)という探し回ってたどり着いた。
ブログで全国の温泉を回って書き物をしている男性がとてもほめてたので
又娘の長野在住のきのこ仲間の人のお勧めで気になるところでした。
19時という時間に温泉に入り地元の人ばかりで話が弾んで楽しかった。
1時間ほどで帰り支度したがお風呂の管理人の小父さんに
九州と東京からだと話したら大きなペットボトルに温泉の湯を汲んでくれ
これでお米をたいてご覧モチモチだから 化粧水代わりもgood!と。
後日 本当に美味しいご飯が出来た。お顔もぶつぶつが取れてすべすべ。
今九州に小さなボトルに分けてもって帰ってきて使用してる。
単純硫黄泉だが(アルカリ性低張性温泉)で炭酸があるらしく皮膚に気泡が
まとわり付く一寸ぬるめのお湯。
古希の祝い2013・6・9
古希の祝い2013・6・9 133
古希の祝い2013・6・9 147
20時過ぎ上田から高速で東京まで。
途中藤岡PAで夜のご飯を食べて家に到着24時過ぎ。
ハードな一日だったが最後にいいお湯に入れて

信州の旅

10月15日(火)
朝ゆっくり起きて何時もと同じメニューの朝食を食べ
帰る準備 冷凍庫から保冷剤を出してクーラーボックスの大に
残っている野菜・果物や調味料など入れて 途中で気に入ったものを
仕入れるかもしれないのでスペースを十分空けて車へ。
二人の衣料品等細々しまい 一日一人4千円の宿泊料を払い
宿主夫婦に見送られて出発した。
まず須坂まででて高速を避けて何号線といわれると分からないが
白馬が見える小川村(娘が村らしくてとても気に入ってる村)や
大町市に入った。
どう通ったかは定かではないが 途中山の中で何度かきのこ仲間の
友人に連れて行ってもらった特別美味しい湧き水を汲みに。
古希の祝い2013・6・9 106
その後 名前も知らない池の周りを散策 何人もの人が慌てて過ぎて行った。
熊の鈴をつけた男性や 熊が出る・・・と怖そうに早足で過ぎていった親子連れ
確かに奥のほうは暗かった。
でもそこで素敵な出会いがあった。
(クリックすると大きく見えるんですよどの写真も!)
池の周りの散策に入ってすぐ「何だろうこの赤いのは?」
しゃがんでよく見ると 何て可愛いきのこだろう。
名前が分からない でも娘も初めて見たようだ。
古希の祝い2013・6・9 112
古希の祝い2013・6・9 114
古希の祝い2013・6・9 115
信州に入って木を見ると白樺の幹の皮が一部剥されている。
何故だろうと思っていたが これはこちらの風習で
お正月この皮を魔よけに奉るのだそうだ。
古希の祝い2013・6・9 119
ここは結構きのこが見れた。
古希の祝い2013・6・9 117
古希の祝い2013・6・9 118
古希の祝い2013・6・9 120
古希の祝い2013・6・9 121
古希の祝い2013・6・9 128
古希の祝い2013・6・9 129
今日はここまで 又次回。

信州の旅

10月14日(月)
体育の日の今日 何となく“何の日だったかな?”と思ってしまう。
体育の日は以前の10月10日が良い。
以前別府・鉄輪の自炊の宿へ行ったことがあるが 話した友人が
是非いきたいと。
他の友人2人も・・・
今日話し合いをしたが 夫々自分のスケジュールがあり
日にちが決まらない。
nonnaもそうそう人のスケジュールに合わせて行動は出来ない
結局きまらないまま・・・宿の空き具合の都合もある。
昨年もこれで駄目になり 行きたかったら総てを犠牲にする
まああまりnonnaのスケジュールを(nonnaは母のことだが)犠牲にせずやっていこう。
nonnaも行くことは楽しいことだが・・・

10月4日
4日のスケジュールが簡単すぎると思っていたら
なんと熊の湯温泉の帰り道 角間温泉(宿の所)の近く昔からの大きな温泉街
渋温泉へ行ったことを書くのをしてなかった。
要するに行ったことを忘れていたのだ。
nonnaも物忘れ外来の患者になったほうが・・・
熊の湯温泉からすぐ帰るのはもったいないと渋温泉の街を歩いてみることにした。
温泉街は綺麗になったところもあるが昔の風情に溢れていた。
古希の祝い2013・6・9 091
古希の祝い2013・6・9 096

古希の祝い2013・6・9 092
古希の祝い2013・6・9 102
古希の祝い2013・6・9 095
温泉寺 湯治客のお参りの場
街の中心道は長い道であった。どれほどの湯治宿があるのだろう
それに横の細い道にも小さな宿・食堂など 昔は元気があったのだろう
1時間ほど歩いて回って角間荘へ戻った。

信州の旅

10月13日(日)
秋晴れのスカッとした天気。
乾燥もひどい
こうなるとお庭の水遣りもしなければ植木鉢の葉物は皆うなだれている。
やりました 未だ蚊はしっかり待ち構えていた。
秋口の蚊ははたいてもしっかり食らいついてくる。
連休で外の通りもあまり人が通ってない 静かだ。
昨日は運動会の声が聞こえていたが・・・

10月4日
朝食は何時もと同じパターン 
ここの主が近くに湧いてる美味しいお水を大きなペットボトルに
数本汲み置きして大きなクーラーボックスに入れててくれる
これで色んな調理をするが 朝のコーヒが格別!
今日は昨年と同じ場所に・・・と思ったが
かなり登り降りがあり 娘が熊に出くわした話も聞いていたので
止めにしてその途中にある田の原湿原と丸池の回りを歩いた。
前に載せたヴィッツの写真はその時写したものだ。
古希の祝い2013・6・9 080
古希の祝い2013・6・9 078
お昼は 昨年行った横手山「渋峠」が風雨が強くて
遠くに見えるはずのアルプス連山が見えず 今年再挑戦した。
この横手山のドライブインで娘は蕎麦nonnaはかき揚げうどんの昼食
古希の祝い2013・6・9 083
来た時は靄っていて到底アルプス連山が見れるとは思っていなかったが
うどんを食べている間に晴れて遠くに小さくどうにか顔を出してくれた。
古希の祝い2013・6・9 084
もっと上の「渋峠」日本国道最高地点2、172mから
夏山リフトに乗って横手山2307mの山頂へ
古希の祝い2013・6・9 088
このままリフトで渋峠まで下りて反対に下って群馬の草津まで行こうとしたが
草津のほうから来た人が靄ってもやって何も見えなかったと・・・
無理をしないことにした。
帰りに熊の湯温泉ホテルでお風呂に入ってご飯の時間頃帰ってきた。

信州の旅ー直江津へ

10月11日(金)
今日も暑かった。
昨晩からの強い雨 少しは涼しくなるかと思いきや 変わらなかった。
11日未明に起きた博多区の整形外科の火災
高齢の入院患者8名と前院長夫妻が亡くなられた。
患者さんは圧迫骨折の方がほとんどだったとか。
すぐ母のことを思った。
前院長には生前の夫の肋骨にひびが入ったときお世話になった。
通院でおわったが・・・
痛ましい火災であったな~

10月12日(土)
昨晩ブログを書きかけたが眠たくて頭が朦朧 
今日書き足した。
10月3日 
角間荘で目が覚め 朝風呂に入って気持ちもシャキッ
婿が焼いてくれた食パンとハム・チーズ
トマト・昨晩の残りのバーニャカウダー添えの野菜サラダ
牛乳・コーヒー・ギリシャヨーグルトとゆっくり たっぷり。
ヨーグルトは森○乳業より関東だけ限定販売(先ずはお試し販売)
売れ行きが良ければそのうち九州も・・・
ジャーマンヨーグルトよりもっとねっとりと美味しい。
古希の祝い2013・6・9 138

今日は遠出 新潟の直江津。 おいしい日本海の魚や野菜の
100年続く朝市へ 
お昼までやってると言うので行くことにした。
上信越道に乗り nonnaの知ってる地名は妙高(高原)等
通り上越高田で下りる
直江津は佐渡島への航路がある。
直江津駅前の観光案内で朝市の場所・お昼の食事処を尋ねた。
朝市はさほど大きくなくお魚が取れていなかったのか
あまり出ていなかった・・・と言うより時間が遅かったのかもしれない。
大好きなトマトがあまりにも安くて大きくてよく熟れて
美味しそうだったので妙高高原産を求めた。
6個500円 2人で半分が丁度よい。
これが冷やして食べたら驚くほど美味。
トマトがあまり好きでない娘がよく食していた。
残りを東京にもって帰って朝夕サラダにした。
枝豆もぷっくりと実がしっかり入って美味。
あとお饅頭に行列が・・並んで2個買ってみた。
回転焼みたいなものだが餡子の外側は生しい様なべちょべちょしてた。
これがいいらしい・・・nonnaはそっと処分した
町は何処もここもシャッターが下りていて 和菓子屋だけが
沢山あって明るかった。
魚屋も覘いたが 何処も数が少なく暗くてたいした事はなかった。
九州のほうが良い様に感じた。
お昼は案内書で聞いた「軍ちゃん」と言うところで。
結構人気の店らしく込んでいた。
のどぐろ(こちらでは赤ムツ)が大好きで頼みかけたが
何時も食べているので 北陸の魚が入った海鮮丼が人気だとか
食してみることにした。
フクラギ・紅ズワイガニ・マダイ・カワハギ・何の肝だろう(カワハギ?)
赤カレイ・アジ・いくら・タコ・真イカ・ホウボウ
サワラ・甘エビが入っていてご飯と魚類は別々に盛ってあった。
小鉢の中にはnonnaの知らないものが入っていたが
お腹いっぱいで口に出来なかった。
お味噌汁は意外と九州の味噌に似た味だった。
残念ながら写真がない。
食べたらもう興味の或る場所はなく帰路に着く。
帰りサービスエリアの道の駅を覘いたり大型スーパーで
現地のお惣菜や和菓子の味見をさせてもらったり・・・
お陰でお腹は昼の余韻もあり つまみ食いで夕食が入らない。
ご飯と味噌汁とお漬物、リンゴ・栗羊羹でおしまい。
相変わらず温泉は食前 就寝前。
昨晩は我々だけだったが 今晩はオートバイでツーリングの
なかなか性格のよい若い男性一人(お台所を使っても綺麗に片付けてた)
と別の部屋の男性一人 こちらは一度も台所に顔を出さなかった。
それと若い女性 駅からタクシーで来たようだ。
食事はすませてきたのかな?
スキーの時期は満室らしいが 夏休みの時期も・・・
今はのんびり静か。
10時にはお利口におやすみなさい。              

信州の旅

10月10日(木)
多湿高温の真夏のような一日。
近くの庭でツクツクホウシの鳴き声が聞こえる
10月も10日だと言うのに・・・
午前中歯科医院とクリニックへ お土産のシナノスイートリンゴと
ネクタリンを小分けして先生・看護婦さん達へ
日頃我侭を言っているので“すみません、よろしく”と・・・
午後から入院している友人へお土産を持って話し相手に。
大分気分が落ち着いたようで 少しふっくらしていた。
それでも体重がnonnaと同じくらいの身長160で37キロ
nonnaは彼女よりお米15キロ抱えているようなものハア~

10月2日
朝6時半 娘が地下鉄に乗ってレンタカーのヴィッツをお迎えに
nonnaと婿は朝食の準備と荷物を客用駐車場へ
婿は行けないので自分の準備を。
7時半朝食を食べて 婿に見送られて出発。
関越道を走って上信越道に入り長野で下りて
川中島古戦場のそばの贔屓の果樹園でリンゴとネクタリンを
発送を頼んで栗の産地小布施へ。
ここで栗ご飯のお昼(何時もながら食べてる途中で思い出しパチリ)
古希の祝い2013・6・9 032
栗のお菓子やお土産にする栗ペーストを求めて
須坂を通って山田牧場への山越えをと途中まで上ったら
がけ崩れで通行不可 仕方なく又小布施へ戻り遠回りして
トロトロと目的の志賀高原の下 角間温泉自炊の宿「角間荘」へ
5~6分も走れば地元大型スーパーやイオンや産直店があり
食材をもとめに・・・
今夜のメニューは
白米・具だくさんお味噌汁・豚肉と白菜の重ね蒸し
人参、セロリ、きゅうり、甘パプリカのバーニャカウダー添え
途中で買ったキムチ漬け、ノンアルコールのビールと
ぶどうとみかんのデザートと簡単メニュー
食前と寝る前に温泉にゆっくり浸り至福の眠りへ

何ともイヤハヤ

10月9日(水)
台風一過 角地の我が家は吹き溜まりになるようで
車庫前と門の前にご近所の色んな葉っぱや木切れがこんもりと・・・
小雨模様だったがしっかり箒で掃いて 取れない濡れ落ち葉は手で・・・
時間がかかったが大まかスッキリした。
汗もしっかり吹き出し朝からシャワー
信州で頼んだリンゴやネクタリンも届き 友人らのお土産に小分けした。
あちこちの親戚やお世話になってる人へ送った2品の箱詰の
お礼のtelもしきり・・・
昼近くから母のご要望に応え出かけてきた。
近々自宅に帰れる家の準備が整いつつあるのでハイテンション。
しかし現実はほとんど寝たっきり 昼食も3時のおやつもパス。
施設内の部屋から目と鼻の先の食堂までが遠くて歩行補助器でも歩けない。
nonnaに現実とかけ離れた帰宅後の生活を喜々として話す。
デイサービスへは絶対行かない お風呂はnonnaか弟に入れてもらう
食事は自分で作る+週2回宅配食 お買い物はnonnaに頼む
掃除はヘルパーさんに 病院の通院は従兄弟の奥さんに・・・etc
勝手に生活設計をして 弟やnonnaの生活は?
もう距離感はないのかな?

10月1日
15時の飛行機で羽田へ
17:20分のリムジンバスで娘のところへ
娘婿と娘とnonnaで夕食後 長野の自炊宿への準備
婿がとてもおいしいハードトーストを前日焼いてくれていた。
お醤油は九州から持参。 他の調味料などはよく出かけるので
ちゃんとセッティングされ籠に入っている。
お米は持参 野菜など食材は現地調達。
今回は自家用車が故障してしまい修理に出したので
トヨタのヴィッツの新車を借りた。
過去2,3度借りたことがあるが燃費の良い お気に入りの車だ。
アクアも考えたが料金が高かった。
明日の朝6時半出発なので早めにおやすみ~!
古希の祝い2013・6・9 067

台風24号

10月8日[火)
台風24号襲来というので娘のところでユックリするのを繰り上げて
7日夕方遅く帰宅した。
飛行機も結構満席に近かった。
何もない冷蔵庫を満たすためあわてて買い物とギリギリでクリニックへ
夕食の準備をしていると母から明日来てくれと…
痛みがひどいらしい 夕食も食べられなかったそうな
しかし台風24号が・・・
あれほど新聞を3紙も丁寧に読んでいた人が 
最近は全く・・・TVも見ない それで台風のことなど知らない
信州にもはかかってきていた。
しかし便利なもので 携帯なので信州にいることを知らない。
台風が落ち着けば・・・と宥めていた。

今日も台風は何事もなく静かだったが夕方になって
雨が降り出し 8時ごろから風が吹き出した。
今 夜の9時40分雨戸を閉めているのでそう感じないが
外はゴ~ッと風の音がしている。
少し雨戸をあけてみたが 向かいの家の樹木が大きく揺れている
しかし前宣伝のようなものではない。
台風情報ではさほど大事に至らず通り過ぎかけているようだ。
吹返しがしばらくあると言ってた。
10時5分もうゴ~ッという風の音はしなくなった。
良かった!
明日からは信州の話を書こう。

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